原田雅彦の離婚理由と恵子夫人の現在は?

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最初は、温和な表情をした選手でどこか頼りなさそうな感じを受けましたが、“最終ジャンパーに選ばれるぐらいだから110メートルぐらいは楽勝だろ~”と高をくくって画面を見ていました。そして、案の定、100メートルに届かない失敗ジャンプです・・・。しゃがみ込んで起き上がることのできない原田選手を見ていると、憎しみに近い怒りのようなものが湧いてきたのを覚えています。

(原田選手の強さの秘密)

ところが、4年後の長野オリンピックのラージヒルにおいて原田選手は、その日の最長不倒を記録し、銅メダルを獲得したのです! ジャンプ台から空中に飛び出すときの高さのある踏切、その高さを保ちながらフワ~と遠くまで飛んでいく様子はまるで大きな紙飛行機が風に乗って飛んで行くように見えました。

解説によれば、跳躍力を生かした彼のジャンプは失敗も多いですが、成功すれば誰にも真似できない大ジャンプを生み出すとのこと。この日のジャンプを見て、私は初めて原田選手の強さを実感したのです。
それまでは、いつもへらへら笑っているダメ選手だと思っていましたが、そこからは尊敬できるアスリートへと私の見方は180度変わっていきました。

(長野オリンピックの団体戦において、誰もが忘れられない思い出)

その後の団体戦においての一本目は、またしてもやってしまった80メートルにも満たない大失敗ジャンプ。そして二本目は、日本の金メダル獲得に大きく貢献した、その日の最長不倒を記録する大ジャンプです。
本当にこの選手はいろいろある選手だな~と思いました。

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しかしながら、結局は長野オリンピックにおいて銅メダルと金メダルを獲得しましたし、成功したときのジャンプの素晴らしさはこれまでの日本人選手の中では群を抜いています。
今思い返してみると、原田選手は日本人ジャンパーの中では一番印象に残った選手だったように思います。

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