三浦良枝の現在と生い立ちやプロフィールは?ロス疑惑事件


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ロス疑惑事件の容疑者、三浦和義の嫁、三浦良枝。

消息はききませんが、その後、どうしているのでしょうか。

歴史的犯罪、ロス疑惑とは?真犯人とされる三浦和義

みうら

「みうらかずよし」という名前が、サッカーのカズと同姓同名になるのですが、別人物です。

三浦和義が関連した”ロス事件、ロス疑惑”は1981年、1982年に発生しました。

凄く簡単に言うと、三浦和義がロサンゼルスに滞在している81年のある日に、自身が暴漢に襲われる事件が発生します。そして、無残にも当時の妻はその暴漢によって殺されてしまいます。

以下、wikiより。

1981年、米国カリフォルニア州ロサンゼルスで起こった殺人事件に関して、当初被害者の夫と見られていた日本人男性が「保険金殺人の犯人」ではないかと日本国内のマスメディアによって嫌疑がかけられ、過熱した報道合戦となり、結果として劇場型犯罪となった。殺人事件に対する科学的な考察よりも、その男性にまつわる疑惑について盛んに報じられた。

男性は、日本で行われた裁判で2003年、無期懲役から一転して無罪が確定したが、その後の2008年、米国領土内において一事不再理の原則むなしく共謀罪容疑で米国捜査当局に逮捕され、ロサンゼルスに移送後遺体で発見された。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B9%E7%96%91%E6%83%91より掲載

そして、その後、三浦和義には1億6000万円以上もの保険金が入ります。

ただ、この事件に、「三浦和義」が裏でこれらの事件を演じていたのではないかという疑惑が生まれます。


1984年、『週刊文春』が「疑惑の銃弾」というタイトルで、妻に多額の保険金をかけていたことや、現場にいた白い車に三浦が全く気づかない三浦の供述などを理由に、「三浦が保険金目当てに仕組んだ事件ではないか」とする内容の連載記事を掲載した。 この影響で、日本国内のマスメディアは「三浦犯人説」を強調する報道が目立つようになり、一気に報道が過熱化した。三浦の自宅前には連日テレビのワイドショーや週刊誌、スポーツ新聞などの記者が列をなし、三浦の自宅に不法侵入するマスメディア関係者も出た。

結局、最終的には三浦和義の計画、保険金を得るための陰謀からということで、逮捕、起訴され、無期懲役という判決を得てしまいますが、証拠不十分から逆控訴し無期懲役から一転、釈放されるのです。

その後、サイパンに居住を移しますが、殺人に関しての新たな根拠が残り、三浦和義は再逮捕されます。

サイパンは、法律がアメリカ。アメリカは、法律が殺人に関しては時効がなく、そこに居た三浦は捕まってしまいました。

しかし、最後は三浦本人から真相が口にされぬまま、本人が2008年にシャツで首を吊り、死亡します。

ロス疑惑の真相


ロス疑惑の真相がどうこういう前に、結局三浦がやったかやってないかの真意が問われるところですが、

明らかに、暴漢に襲われただけでなく、何かを知っているのは事実ですね。

一時はタレントや実業家としても人生を謳歌し、女性に恵まれた人生を楽しんだ三浦ですが、人間、どんな立場であろうと成功者になるにはリスクが必要です。

人と違う生き方を目指し、針に糸を通すような少ない穴を見つけてはそこに飛び込み、そこからとんでもない大金を得られるのが、人生における大成功者です。

そして、バンドマンや舞台俳優のように、人生で背負うリスクがでかいければでかいほど、それに応じたお金も返ってきます。

そういった意味では、三浦はとんでもないハイリスク・ハイリターンをやってのけましたね。

自殺は残念でしたが、本当の真相は、やっぱり知りたかったですね。

三浦良枝の現在は?

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全盛期はブティック経営など、かなり派手目に活動していたようですが、やはり、現在の三浦良枝についてに関する情報は得られませんでした。

やはり、この一連の事件が関連しているのでしょう。

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以下、アマゾンのレビューより

1984年の正月が明けて暫くした頃、週刊文春の新聞広告で「疑惑の銃弾」と銘打った活字が目を引いた。週刊文春はオジンの週刊誌であるが、ミステリーに篤かったので、当時から時々買っていた。その広告を見た時、何故か即座に買わねばと思い、実際買ったのだが、この特集は連載だったので、何と3月初めの号まで買うハメになった。

これが所謂私と「三浦和義」事件(若しくはロス疑惑)との出会いだった。最初は美談として目にとまった。

1981年11月。商用でロスに行った日本人夫婦が現地で銃撃強盗に遭い、弾は、夫(三浦)の太腿と妻の頭に当った。妻は植物状態になり、2ヵ月後、米軍の医療飛行機で日本に運ばれ、横田基地からヘリで入院先の病院に着陸するおり、一足先に帰っていた三浦が松葉杖で発炎筒を振りかざして「こっち、こっち!」と泣きながら叫んでいるシーンはテレビ中継され、見た人間の涙を誘い、それは美談になった。

この事は後に、松葉杖をつかなくても立てるほど三浦の足は治っていたし、発炎筒を振りかざす必要もなかったと関係者は言うのだが――。このように、三浦には裏の顔があった。

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